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コーヒーを飲んで糖尿病をコントロール ~ヒトはポパイになれるのか~

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おはようございます!

コーヒー大好きバイオニアです。

 

本日は、「コーヒーのカフェインをトリガーにして糖尿病をコントロールする」という、一風変わったアプローチで病気と付き合う方法を提案した論文を紹介します。

2018年に、Nature Communications誌に掲載された論文です。

(Nature Communications vol. 9, 2318 (2018) Daniel Bojar et. al, https://www.nature.com/articles/s41467-018-04744-1)

 

本論文のコンセプトは、以下の通り。

毒性が無く安価に製造可能なカフェインを利用し、遺伝子の転写を制御

⇒糖尿病治療に有用なホルモン(インスリン)の体内生産を促進

⇒カフェインを摂取するだけで自分で糖尿病を制御する

 

目次

 

遺伝子って? どのように応用されてきたの?

 遺伝子とは、生物の体をつくる設計図に相当するものです。ヒトには約2-3万個の遺伝子があると考えられています(未だに確定していない)。

 私たちの体の中で、遺伝子の発現は、外部環境や細胞内の環境変化により制御されているのですが、これを人工的にコントロールして役に立てようという試みが昔からあります。

 

 例えば、研究用途や医療に使用されるタンパク質の生産です。

タンパク質の生産には、大腸菌が広く用いられています。

その理由は、大腸菌に外部から遺伝子を導入すると、「これは自分の遺伝子だな」と勘違いして遺伝子を複製してくれるためです。

しかしながら、その遺伝子からタンパク質を大量に生産してもらうためには、ひと工夫が必要です。よく使われるのがpETシステムというもので、簡単に説明すると、pETプラスミドと呼ばれる遺伝子を持つ大腸菌に、IPTGという化合物を加えると、タンパク質を大量に作るためのスイッチをONにすることができます。

 

つまり、「何らかのインプットを加えることで遺伝子のスイッチをONにし、有用なアウトプットを得る」ということが可能です。

ポパイがほうれん草(インプット)を食べると、ポパイの体の中で何らかのスイッチが入り、パワーアップ(アウトプット)して悪者のブルートをやっつけることが出来るのと同じことです。

 

既に、人工の遺伝子回路を動物へ応用することが試みられており、「青色の光をマウスに当てることでマウスのEDを治療する」といった研究も報告されています(いつかこちらも紹介できればと思います)。

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人工的な遺伝子回路と医療への応用

 

本研究で構築した人工遺伝子回路

 本研究では、毒性が無く、安価に製造可能なカフェインを摂取する(インプット)ことで遺伝子回路をONにし、インスリン生産を促進する(アウトプット)ことで糖尿病を制御することを目指しました。

 著者らは、カフェインに結合する抗体(aCaffVHH)を使用することを考えました。着目したこの抗体は、カフェインを介して二量体化する性質を持っていました。そのため、以下の流れでインスリン生産を促進する人工遺伝子回路を構築しました。

 

1. カフェインを認識してaCaffVHHが二量体化

2. aCaffVHHに融合したタンパク質がJAK/STATシグナルを伝達

3. STAT3(転写活性化因子)がインスリンの分泌を促進する遺伝子の転写を誘導

4. インスリンを生産

 

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構築した遺伝子回路図

 

構築した細胞がカフェインに応答するかの評価

 まず、先述した遺伝子回路の実現に必要な2種のプラスミド遺伝子をHEK293T細胞に導入し、C-STARという細胞株を作ります。その後、カフェイン濃度を振って細胞に添加し、発現したタンパク質を定量しました。

 その結果、カフェインの濃度依存でタンパク質の発現量が変化しており、カフェインへの応答性を有する細胞を構築出来ていることが分かりました(下図左グラフ)。

 また、カフェインと水を交互に添加したところ、カフェインを加えてタンパク質を分泌させた後でも、水を加えることで分泌量が減るという、可逆性を持つことが分かりました(下図右グラフ)。カフェインを摂取したらずっとアウトプットを出すわけではなく、水を飲めば止められるという訳です。

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構築した細胞のカフェイン応答性評価

 

本システムの特異性評価

 次に、カフェインに類似した化合物を加えてもタンパク質が分泌されないかの評価を行いました。似た化合物が体内に入ったときに、インスリンが分泌されては困るためですね。

 カフェインに加えて、下図のような3種類の構造類縁体を細胞に添加し、発現タンパク質を定量したところ、構造類縁体では濃度を振ってもタンパク質の分泌はほとんど見られず、今回構築した遺伝子回路には特異性があることが分かりました。

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カフェインに類似した化合物には応答しない

 

本システムを用いた糖尿病治療

 最後に、インスリンの分泌を促進するGLP-1ホルモンをコードした細胞株を構築し、細胞が入った浸透性カプセルを糖尿病マウスに埋め込みました。その後、マウスの口から市販のNespressoを飲ませ、血中のGLP-1ホルモンを定量しました。

 その結果、市販のコーヒーに含まれるカフェイン量を口から摂取するだけでも問題なくシステムが作動しており、1週間後には糖尿病でないマウスと同程度のGLP-1ホルモンを分泌出来ることが分かりました。

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ネスプレッソを飲むとインスリン分泌が促進

まとめ

 本論文では、市販飲料が含むカフェインでも遺伝子の転写を促進するシステムを構築でき、ホルモン量の制御により糖尿病マウスを治療することが出来ました。ヒトにすぐに応用できるかと言われるとそうではないと思いますが、コーヒーを飲むだけで糖尿病を始めとする病気と向き合うことが出来るような世の中がいつか来たら面白いと思い、紹介させていただきました。

 

 また、本システムは、使い方次第では依存症のような症状を防ぐこともできるのではないかと考えています。ニコチンやヘロインを認識するVHHを作り、これらの中毒者に細胞を投与します。もしも中毒者が欲求に負け、ニコチンやヘロインを摂取した場合には、何か不快に感じるようなアウトプットを放出するように設計すれば良いと考えるためです。

 

 しかし、ネスプレッソで病気を治そうと考えるなんて、発想力がすごいなぁ…笑