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バイオ医薬品(抗体・ペプチド)の開発手法をご存知ですか? 進化工学は夢が詰まった分野なんです!

こんにちは、バイオニアです。

 

本日は、酵素や抗体を改変する手法である進化工学について紹介します。

2018年に、「免疫抑制の阻害による癌治療法の発見」で本庶佑教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは有名ですが、実は同年のノーベル化学賞は、進化工学分野に授与されています。

2018年のノーベル賞は、まさに抗体医薬の年であったと言えると思います。

(受賞者のGregory P. Winter氏の講演を生で聞いたことがあるのは、私の数少ない自慢の一つです笑)

 

また、ここ数年世界一売れている薬である、抗TNFα抗体ヒュミラ(アダリムマブ)も、進化工学の代表的な手法の「ファージ提示法」により生み出されています。

 

 本記事では、進化工学がなぜ強力な手法なのか、どのように発展しているのか、その一部でもお伝えできれば嬉しいです。

 

目次

 

進化工学とは

 進化工学とは、酵素や抗体などの機能を有するタンパク質に対し、その機能や物性を改変する手法のことです。突然変異、淘汰、増殖といった自然界で偶発的に起こり得る生物の進化を試験管内で模倣することにより、短時間のうちに分子を進化させることが可能です。

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進化工学の概略図

 この手法ではまず、遺伝子への変異導入によって、膨大な規模の変異体ライブラリーを作製し、目的の物性・機能を有するタンパク質が優先的に取得されるようなスクリーニング操作を行います。その後、取得した分子に変異導入を繰り返して配列を最適化することにより、目的機能を有するタンパク質を取得しています。

 このように、分子の進化に方向性を持たせることにより、タンパク質が元来有する物性・機能を向上させるばかりでなく、天然には存在しない新規な物性・機能を有するタンパク質を取得することが可能となっています。

 

※医薬品開発の世界では、化合物群のことを「ライブラリー」と呼びます。

ライブラリーの規模、すなわち化合物群の多様性は、化合物探索において非常に重要となります。例えば、100個と1010個の化合物群から、目的の機能を持つ化合物を選定する場合を考えると、数が圧倒的に多い1010個の化合物群からの方が明らかに良いものが取れることが多いためです。そのため、製薬企業はこぞって、良い化合物が取得できる可能性の高い、良質なライブラリーの作製を目指して研究をしています。

 

ノーベル賞と進化工学

 先述の通り2018年には、分子進化を制御して有用な酵素や抗体の開発に貢献した功績から、Frances H. Arnold、George P. Smith、Gregory P. Winterらがノーベル化学賞を受賞しました。

 

Frances H. Arnoldによる功績(酵素の進化)

 Frances H. Arnoldは1993年に、ジメチルホルムアミド(DMF)中で作用する消化酵素subtilisinの活性の進化に指向性を持たせることに初めて成功しました。Arnoldは、subtilisinが乳タンパク質分解活性を有することに着目し、Error-prone PCRにより変異を加えた遺伝子を導入した枯草菌を乳タンパク質含有プレート上で生育させ、形成したハロの大きさからsubtilisinのスクリーニングを行いました。その結果、野生型の約256倍の分解活性を持つ変異型subtilisinの取得に成功し、分子の進化に方向性を持たせる「指向的進化工学」の可能性が示されたのです。

 また、Arnoldは天然に存在する酵素では起こせない化学反応を、人工的に創出した酵素により行いました。種々の酸化反応の触媒として作用することが知られていたシトクロム酵素の活性中心に存在するアミノ酸残基を改変することで、有機化合物からシクロプロパンの合成や炭素-ケイ素結合の形成に成功しています。こうした天然には存在しない反応を酵素により実現できるという報告を皮切りに、各研究室や企業において、指向的進化工学を用いた酵素反応開発が進んでいます。

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指向的進化によるシトクロム酵素の改変(Frances H Arnold group HPより引用)

 

George P. Smithの功績(ファージ提示法の発明)

 生命の機能性分子であるタンパク質(表現型)の情報は、DNA(遺伝型)が担っています。そのため、進化分子工学でタンパク質の機能を進化させるためには、遺伝型と表現型の対応付けが不可欠です。ウイルスを利用することで、これらの対応付けを達成しようと考えたのが、George P. Smithです。

 George P. Smithは1985年に、繊維状ファージの感染能を保持しつつ、表層のpIIIタンパク質のN末端にランダムペプチドの提示が可能であることを報告しました。さらに1988年には、ビオチン化した抗体とランダムペプチド提示ファージを混合し、ストレプトアビジン固定化プレートを用いてこれらの複合体を回収・洗浄することで、抗体に結合可能なペプチド配列の同定を行いました。この手法はファージ提示法と呼ばれ、同一分子上で遺伝子(遺伝型)とタンパク質(表現型)を1対1で対応させることができる画期的な技術として、世界各国で今なお根強く使用されています。

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ファージ提示法の模式図(著者作成)

 ファージ提示法の具体的な流れは、下記の通りです。

①遺伝子へのランダムな変異導入により大規模なタンパク質変異体群をファージ表層に提示させ、抗原と反応させる。

②その後、非特異的に結合するファージを洗浄し、抗原に結合しているファージのみを溶出して回収し、大腸菌に感染させて増幅させる。

③増幅したファージを精製し、再びこの一連の操作を繰り返す。

④この過程で、抗原に結合するファージが濃縮していく。

⑤取得したファージをクローニングした後、遺伝子配列を解析することで、タンパク質のアミノ酸配列を同定することが出来る。

 

Gregory P. Winterの功績(ファージ提示法による抗体の創出)

 George P. Smithの研究を受け、ファージ提示法を用いて抗体医薬品を開発したのがGregory P. Winterです。

 Gregory P. Winterは1990年に、リゾチームを認識する一本鎖抗体(scFv: single chain Fragment variable)を提示させたファージと野生型のファージを混合したサンプルをリゾチームと反応させ、選択操作を繰り返すことで抗体提示ファージが濃縮されることを証明しました。この報告以前は、抗体を取得するために動物免疫を用いる手法が一般的でしたが、毒性のある抗原に対する抗体取得や完全ヒト抗体の作製が困難なことが制約となっていました。ファージ提示法は、これらの制約が無いことから普及し、抗体の親和性成熟は加速的に進むことになりました

 下図は、ファージ提示法による抗体分子の進化に関する論文数です。1990年のGregory P. Winterの研究を皮切りに、論文報告数が一気に加速していることが見て取れるかと思います。

その分野の広がり方が大まかに分かるので、論文数分析はお勧めです。

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ファージ提示法による抗体分子の進化の論文数 (Web of scienceにてphage display, antibodyをキーワードに検索した結果を分析)

 2002年には、ファージ提示法を基に創出された抗TNF-α抗体ヒュミラ(アダリムマブ)が関節リウマチの治療薬として承認され、その有用性が示されました。

 さらにGregory P. Winterは、ペプチド医薬のフォーマットとして有望な二環(Bicyclic)ペプチドも開発しています。

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Bicyclicペプチドの開発 (図はAcc. Chem. Res. 50, 1866–1874 (2017)より引用)

 

 完全に余談ですが、Gregory P. Winterは「ナイト」の称号を持っています。イギリスでは、勲章の授与に伴って王室から栄誉称号が授与されます。イギリス国民で「ナイト」に任じられた男性は Sir(サー)の敬称をつけて呼ばれることになるんです、凄いですね。尊敬します。

 

ファージ提示法以外の進化工学的手法

 ファージ提示法のほかにも、遺伝型と表現型を1対1で対応させた提示システムが多数報告されています。これまでに、ウイルスや細胞、無細胞タンパク質発現系を用いた対応付けなどが報告され、広く利用されています。

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遺伝型と表現型が連結したシステムの概略図

 

細胞表層提示法

 細胞表層提示法は、細菌や酵母の細胞表面にペプチドやタンパク質を提示させる手法です。代表的な酵母提示法では、細胞表面のAga2タンパク質やGPIアンカーに目的タンパク質を融合することで、一細胞あたり10000-100000分子を提示可能です。FACSを用いたスクリーニングが行われており、蛍光標識した標的分子に対する親和性成熟のみならず、連結・分解酵素等の高機能化にも適した提示系と言えます。

 また、抗原結合性断片(Fab)などの大きな分子を提示可能な利点を持ちますが、形質転換効率の低さからライブラリー規模が小さい(~108)ことが欠点となっています。

 

無細胞系でのタンパク質提示法

 無細胞系でのタンパク質提示法の中で最も代表的なリボソーム提示法では、タンパク質とそれをコードするmRNAを、リボソームを介して連結させます。無細胞系を用いることから形質転換の必要が無いため、1013程度の高いライブラリー規模を達成でき、断片化抗体や抗体様分子の親和性成熟が多数試みられています。

 また、PCR産物を直接利用できることから、各システムの中で最も迅速な選択操作が可能であり、自動化も進んでいます。その一方で、提示可能な分子のサイズは一般的に小さく、技術を要することが欠点となっています。

 

 東京大学の菅教授が立ち上げた企業、「ペプチドリーム」の根幹技術であるmRNA提示法も、この無細胞系でのタンパク質提示法の一種です。生物を扱わないことから、非天然アミノ酸の導入に適したシステムであるため、菅教授が開発した*フレキシザイムとうまくマッチしてあの夢の技術が生まれた訳ですね。

 

*フレキシザイム:特殊アミノ酸も含む任意のアミノ酸とtRNAを結合(アシル化)することができる人工のRNA触媒。

 

ペプチドリーム及びペプチド医薬については、過去記事を是非ご覧ください。

www.bioneer-blog.com

 

 (菅教授の講演を生で聞いて直接質問させて頂いたことも、私の数少ない自慢の一つです笑)

 

その他の分子進化手法

 その他にも、in vitro compartment(IVC)を用いた分子進化手法があります。これは、 IVC の内部で無細胞系によってタンパク質を合成し、その機能を指標に目的のタンパク 質を保有する IVC を選択する手法です。この手法では、タンパク質と遺伝子は物理的には連結していませんが、IVC内部で共局在させることにより対応付けを達成しています。酵素や膜タンパク質の進化に利用されています。

 また、アプタマー(特定の分子と特異的に結合する核酸分子)の進化に使われる手法であるSystematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment(SELEX)も、分子進化手法と捉えることが出来そうです。

 

 アプタマーとDNAオリガミ技術を組み合わせ、がん細胞を兵糧攻めした論文を過去に紹介しています。よろしければ併せてどうぞ! 

www.bioneer-blog.com

 

各提示システムの特徴

 進化工学に用いられる各手法について、使用生物、形質転換の有無、化合物ライブラリーの規模、標的親和性(KD)、連結様式を下表にまとめました。

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各システムの特徴(Asier Calan et al., Mol. BioSyst., 2016, 12, 2342を元に筆者作成)


 ファージ提示法とひとことで言っても、M13、T7、T4、lambdaといった種々のファージを使用した報告があります(最も良く使われるのはM13ファージ)。また、ライブラリーの規模は形質転換効率で左右されるため、ファージ提示法や細胞表層提示法のライブラリー規模が、無細胞系でのタンパク質提示法に比べて劣ることなども読み取れるかと思います。

 基本的には、提示させたい分子や変異を導入したい残基数に応じてこれらのシステムを使い分けることになります。

 

まとめ

 本記事では、進化工学の黎明期から昨今の傾向まで、幅広く紹介いたしました。DNAとタンパク質を対応付けることで、1013もの多様性がある化合物ライブラリーから、標的分子に対する親和性成熟や酵素の指向的進化が実現できる進化工学の強みを少しでも感じて頂ければ幸いです。

 一方で、1013もの多様性をもってしても、実は10残基程度のアミノ酸配列しか網羅することができません。[ (アミノ酸20種)^10 ≒ 1013より。]

 それでも、10残基程度のペプチド医薬であれば網羅的に探索できることから、高機能なペプチド分子の取得への期待が高まりますね。しかしながら、より残基数の多い抗体医薬の配列を100%網羅するためには、さらなるブレイクスルーが必要でしょう。考え方によっては、抗体医薬はまだまだ最適化の余地があるモダリティだ!とも言えますね。

 

 最新研究では、AIの活用により、少しでも網羅的に配列を探索しようと試行しているようです。進化工学はまだまだ目の離せないアツい分野ですね。