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DNAナノロボットでがん細胞を兵糧攻めする

こんばんは!

 

本日は、DNAをベースとするナノロボットの利用より、がん細胞を狙って兵糧攻めすることに成功した論文を紹介します。

2018年に、Nature Biotechnology誌に掲載された論文です。

(Nature Biotechnology volume36, pages258–264 (2018)  Suping Li et. al, https://www.nature.com/articles/nbt.4071)

 

がんの現状と治療法について簡単に記した後、論文紹介に入りますので、詳しい方は「本論文のコンセプト」まで飛ばしてください。

 

目次

 

がんと日本人

 がんとは、正常な細胞の遺伝子が変化し、その変化した遺伝子の働きによって細胞が異常に増殖を始めた結果、起こる病気です。たった1個の細胞が変化して増殖を重ねた結果として腫瘍ができ、この腫瘍の悪性化が進むことで、臓器の機能が衰えてしまいます。さらに、がん細胞は飛び火してほかの臓器も侵します。

 

 論文の内容を説明する前に、がんに関する統計データを簡単に紹介します。

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日本人の主な死因とその割合 [厚労省 平成30年(2018)人口動態統計月報年計(概数)の概況]

 日本において、がんで亡くなる方の人数は年々増え続けており、その数は年間約37万人にも上っています。死因別で考えると全体の約27.4%であり、日本人の3-4人に1人ががんで死亡しています。1981年以来、日本人の死因のトップの座にあり続けています(2位は心臓病、3位は老衰・脳卒中)。 

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主な死因別にみた死亡率(人口10万対)の年次推移

主ながん治療法

 がんの告知を受けた方に示される治療方法は、「化学療法」「手術療法」「放射線療法」の3つに大別され、これらを三大療法と呼んでいます。検査結果に加えて、患者の年齢や性別、希望などを考慮して総合的に判断し、治療方法が提案されています。2つ以上の治療を組み合わせる「集学的治療」が行われることもあります。

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がん治療への3つのアプローチ

化学(薬物)療法

 主に、抗がん剤によってがん細胞の死滅や増殖抑制を狙う治療方法です。投与方法は点滴や注射、内服であり、血液を通して全身を巡るため、小さな転移にも効果があります。一方、脱毛や倦怠感といった副作用や、肝臓や腎臓などへの障害が避けられないことが課題です。これを克服するため、がん細胞だけに作用する分子標的薬の開発が進んでいます。2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑教授のオブジーボも、免疫チェックポイントを狙う分子標的薬です。

(本記事で紹介するDNAナノロボットも、がん細胞のみを狙って副作用を無くそうというデザインとなっています。)

 

手術療法

 がんの病巣や、周囲組織に転移したがんを切除する療法です。がんの塊を一気に除去可能なことと、転移が無ければ完治の可能性が高いことがメリットです。一方、体にメスを入れるため、患者の体力が必要なことや、傷の治癒に時間がかかることが課題です。この課題に対し、近年では切除範囲を最小に留めたり、内視鏡を使った手術など、体への負担を少なくする手術が普及しつつあります(低侵襲治療と言います)。

 

放射線療法

 がんの病巣部に放射線を照射し、がん細胞を死滅させる局所療法です。治療前の検査技術や放射線の照射方法の進歩に伴って、がんの大きさや位置を正確に測れるようになっており、効果は向上しています。照射部分に放射線障害が現れることや、めまいなどの全身症状が現れる場合があることが課題です。

 

本論文のコンセプト

 狙いは血管新生の阻害

 血管新生とは、新しい血管を形成することです。体内において、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの化学シグナルによって制御されますが、通常は血管新生の促進効果と阻害効果のバランスが保たれているため、成長や治癒が必要な場所でのみ血管が形成されています。

 一方、がん細胞においては、腫瘍が一定の大きさに成長するために血液の供給が必要なことから、血管新生が多く見られる特徴があります。新しい血管が成長中の腫瘍に酸素と栄養を与えることで腫瘍が増大し、がん細胞が近くの組織や血管へ侵入することで転移が起こっているのです。

 こうした背景から、がんが必要とする血液供給を不足させることで増殖を抑える薬剤の開発が進んでいます。

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血管新生の流れ

血管新生阻害分子の利用

 本論文では、がん細胞での血管新生を阻害するために、血液の凝固に関与する酵素である「トロンビン」に着目しました。この酵素は、フィブリノーゲンと呼ばれる水溶性の線維素原に作用し、非水溶性のフィブリンに変える機能を持ちます。こうしてできたフィブリンは、血小板と協力して血栓を形成することが出来ます。(ヒトがケガした時にもこうしたメカニズムで止血が行われています)

 そこで著者らは、がん細胞にのみトロンビンを届け、血栓を形成させて血管新生を阻害することで、がん治療を実現しようと考えたのです。

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血栓形成におけるトロンビンの作用

キャリアとして選ばれたのはDNAオリガミ

 がん細胞でない部位でトロンビンが放出されてしまった場合、血栓を形成して予期せぬ副作用が生じ得ます。そこで、安全にトロンビンを体内で運ぶ手段として、「DNAオリガミ技術」に着目しました。

 DNAオリガミ技術とは、DNAを用いてナノ構造体を形成する手法のことです。近年、DNAは遺伝情報の伝達のみならず、「材料」としての応用も試みられており、下図のようなニコちゃんマークや立体的な構造を形成できるまでに至っています。また、任意の外部シグナルに応じて構造を変えることも可能となっており、体内で薬剤を運ぶ箱(DDSキャリア)としての利用が期待されています。

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DNAオリガミ技術の利用

 

 以上をまとめると、本論文では、DNAをベースとしたナノロボットに血管新生を阻害するトロンビンを搭載することで、がん細胞を兵糧攻めする化学療法を開発しました。

 本論文で用いたDNAナノロボットの設計・作用を下図に示します。

1. DNAオリガミシート(60×90 nm)上に、トロンビンを搭載する

2. シートを開閉させるよう設計したファスナーDNAと、がんを認識するDNAアプタマーを取り付ける(シートはClose状態となり、円筒状になる。)

3. 体内に投与された後、がんの血管内皮細胞表面で発現する分子(ヌクレオリン)をDNAアプタマーが認識する

4. 認識によりシートがOpen状態になり、トロンビンが露出される

5. 血栓が形成され、がん細胞が壊死する

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本研究のコンセプト概略図

 

トロンビンの固定化と活性評価

 まず、設計通りにナノロボットが形成されたかどうかをTEM画像から評価しました。その結果、Close状態・Open状態となったDNAナノロボットが観察され、また、約4分子のトロンビンをDNAシート状に固定化できることが分かりました。

 さらに、固定化されたトロンビンが活性を維持しているかを、Chromozym THというトロンビンの基質を用いて評価したところ、未固定のトロンビン+DNA(グラフ青)と比較してトロンビン-DNA複合体(グラフ赤)でも活性が落ちていないことが分かりました。

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(左図)DNAシートの開閉とトロンビンの固定化 (右図)トロンビンの活性評価

ファスナー機能と標的応答性の評価

 次に、Close状態のDNAナノロボットが、がん細胞に発現するヌクレオリンを認識してOpen状態に変化できるかを評価しました。蛍光分子と消光分子を利用して、これらの分子が近いClose状態では蛍光を発しないように、分子の距離が離れたOpen状態では蛍光が発するようにデザインして評価したところ、ヌクレオリンを提示したがん細胞の存在下においてのみ、ファスナーが開くことが分かりました。

 さらに、血小板の凝集時間を測定したところ、血管内皮細胞の存在下でのみ、Close状態のDNAナノロボットがOpen状態となり、血小板の凝集促進、すなわちがん細胞への兵糧攻めが実現していることが分かりました。

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(左図)DNAファスナーの応答 (右図)血小板の凝集時間測定

マウス生体内での機能評価

 最後に、DNAナノロボットが生体内で機能を有するかをマウス実験により評価しました。脇腹に悪性腫瘍を持つマウスに、①トロンビン搭載ロボット ②トロンビン未搭載の空ロボット ③トロンビン ④生理食塩水 を3日ごとに投与し、腫瘍のサイズを測定しました。その結果、トロンビンを搭載したナノロボット(グラフ黒)を投与した場合には、がん腫瘍の肥大化を有意に防ぐことに成功しており、なんと8匹のうち3匹はがんを完治することが出来ました。

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マウス生体内での機能評価

 

まとめ

 DNAオリガミの技術も、いよいよここまで来たかという論文でした。標的分子が存在する場合のみ、ファスナーDNAが開閉する設計は非常に面白いですね。分子標的薬などと比較して、効果・コスト面で優位に立つことは果たして可能なのか、今後の展望が気になるところです。

 人生100年時代の昨今においては、健康寿命を延ばすことが重要です。がんを早期に発見する技術及び、低負荷で受けられるような医療の実現に向けて、既存の技術がつながってより高次なものになるのを見るのは面白いものです。

 

 以上、ご覧いただきありがとうございました。