他の楽しみよりもアルコールを選んでしまうメカニズム
こんばんは!
生化学の論文を愛してやまないバイオニアです!
(biologyとpioneerを組み合わせています。。)
本日は、「他の楽しみよりもアルコールを選んでしまうメカニズム」という、アルコール依存症の方必見の論文を紹介します。
2018年に、サイエンス誌に掲載された論文です。
(Science 360, 1321–1326 (2018) Augier et. al)
目次
日本とアルコール依存症
アルコール依存症とはご存知の通り、自らの意思で飲酒を制御できず、強迫的に飲酒を繰り返す精神障害のことです。
2013年と少し古いデータですが、日本の人口の約1%にあたる113万人がアルコール依存症と言われており、「飲酒のコントロールがきかない」症状に悩まされています。
これまでの研究において、アルコール依存症の方が感じる楽しみ・欲求に関する研究は進んでいましたが、依存症の分子メカニズムや治療ターゲットははっきりと分かっていませんでした。
本研究のコンセプト
本研究では、以下の図に示した戦略で、酒が他の楽しみよりも優先されるメカニズムを明らかにしました。
1.ラットに甘い物(サッカリン)とアルコールを交互に経験させる
2.甘い物とアルコールの両方を選べる環境にしてラットの挙動を観察する。
3.挙動から、甘党のラットとアルコール中毒ラットを選別する。
4.ラットの脳の複数部位で遺伝子発現解析を行う。
戦略としては非常にシンプルですが、しっかりと計画しやり遂げているところがすごいと思います笑
アルコール中毒ラットの選定
試験の前準備として、まず、甘い物(サッカリン)がアルコールを超えるような高価値な楽しみとして適するか検証しています。
比較対象が魅力的でなければ、アルコール中毒ラットを選ぶことが出来ないためですね。
まず、10週間ラットに20%エタノール(酒)を飲ませるトレーニングをした後、エタノールか0.04%サッカリンかを選べる環境にラットを10日間閉じ込めます。その後の13日間では、サッカリンの濃度を0.2%まで上げ、再度エタノールとサッカリンのどちらを選ぶか評価しています。
その結果、サッカリンの濃度依存でアルコールの選択率が低下することが分かり、甘い物はアルコールの楽しみを打ち負かすことが分かりました。
一方で、15.3%(95/620)のラットがサッカリンよりもアルコールを選択しており、中毒ラットを選定することが出来ました。
(この15.3%という値は、人間のアルコール依存症の割合と近いと著者らは記述しています。)
アルコール中毒ラットの依存性評価
次に、こうして選定したアルコール中毒ラットが、どれだけアルコールに依存しているかの評価です。
キニーネという苦み成分を、濃度を振ってアルコールに混入させ、甘党・中毒ラットのアルコール選択率を観察しました(下図左)。
その結果、キニーネの濃度依存で
・甘党ラットはアルコールをさらに選ばなくなる
・中毒ラットは変わらずアルコールを選択する
ことが分かりました。
同様に、アルコールを飲むと足に電気ショックを与えたところ、
・甘党ラットはアルコールをさらに選ばなくなる
・中毒ラットは変わらずアルコールを選択する
ことが分かりました(下図右)。
苦みや苦痛を与えてもなおアルコールを選ぶ、哀しきラットが誕生した瞬間でした…
アルコール中毒の分子メカニズム
さて、ここまでの検討で、他の楽しみよりもアルコールを選んでしまうような中毒ラットを選定することができましたので、本題の分子メカニズム解析に移ります。
まず、脳の複数部位における遺伝子発現を、デジタルカウント遺伝子発現解析(nCounter)という手法で定量しました。
その結果、甘党ラットと中毒ラットにおいて、扁桃体(側頭葉内側の奥に存在する神経細胞の集まり。情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つ)の遺伝子が大きく異なることが分かりました。
そこで、qPCRを用いて扁桃体での遺伝子の定量を試みたところ、神経伝達物質の一種である「GABA」の細胞外濃度を低下させるトランスポーターの転写量が減少していました。
これより著者らは、
中毒ラットはトランスポーターの量が低下(特にGAT-3)
⇒ GABAが高濃度のままとなる
⇒ 扁桃体の興奮が高まる
⇒ アルコール依存症につながる
との仮説を導きました。
著者らは、この仮説を検証すべく、甘党のラットからGAT-3トランスポーター遺伝子を欠損させ、アルコールの選択率を評価しました。その結果、なんと甘党ラットのアルコール選択率が上昇したのです。これより、GAT-3とアルコール依存症には因果関係があることが分かりました。
最後に、①アルコール依存症 ②その他の病気 でなくなったヒトの遺伝子発現を解析しました。その結果、アルコール依存症のヒトでは、CeA(扁桃体の中心)のGAT-3遺伝子が減少していることが分かり、ラットだけでなくヒトにおいてもGAT-3とアルコール依存症の因果関係が認められました。
まとめ
今後、アルコール依存症患者のGAT-3遺伝子が減少する理由が分かれば、依存症を治療できるかもしれません。
「依存症」というあいまいな症状に対し、途方もない計画を立てて分子メカニズムの特定にまで至った本論文の著者らをたたえ、記事を終了させていただきます。
アルコール中毒になったラット、ありがとう…。